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東京地方裁判所 平成8年(行ウ)21号 判決

東京都江東区南砂五丁目八番一三-二七〇七号

原告

塚原多津子

東京都江東区南砂五丁目八番一三-二七〇七号

原告

塚原綾野

東京都江東区南砂五丁目八番一三-二七〇七号

原告

塚原廣也

右両名法定代理人親権者母

塚原多津子

右三名訴訟代理人弁護士

山田捷雄

斎藤友子

澁川達夫

原告ら訴訟複代理人弁護士

宮崎和俊

東京都江東区亀戸二丁目一七番八号

被告

江東東税務署長

小堺克己

右指定代理人

仁田良行

関澤節男

栗原勇

長野信明

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が原告らに対していずれも平成五年六月一六日付けでした原告らの平成三年分の贈与税に係る更正の請求に対する更正すべき理由がない旨の通知処分を取り消す。

第二事案の概要

本件は、別紙物件目録記載の区分所有建物(以下「本件マンション」という。)の持分(各三分の一ずつ)を譲り受けたとして、平成三年分の贈与税の申告、納付をした原告らが、被告に対して、右譲受けは準婚関係の解消に伴う財産分与、養育費、慰謝料等の支払であったか、又は非課税事由に該当する等として、右贈与税につき、課税価格及び税額をいずれも〇円とする更正の請求をしたところ、被告が、原告らに対して、いずれも平成五年六月一六日付けで更正すべき理由がない旨の通知処分(以下「本件各処分」という。)をしたため、原告らがその取消しを求めた事案である。

一  争いのない事実等

1  当事者等(甲第一八号証、第二一号証、第二七号証、乙第五号証、第一四ないし第一六号証、第一八号証、第二二号証、原告塚原多津子本人。ただし、原告塚原多津子本人については、後記採用しない部分を除く。以下同じ。)

(一) 原告塚原多津子(昭和三三年七月一九日生まれ。以下「原告多津子」という。)は、昭和五二年六月、東京佐川急便株式会社(以下「東京佐川急便」という。)に就職し、当時、同社の代表取締役であった渡邉廣康(昭和九年五月二日生まれ。以下「渡邉」という。)と交際するようになり、原告塚原綾野(昭和五七年七月一九日生まれ。以下「原告綾野」という。)及び原告塚原廣也(昭和五八年一〇月一八日生まれ。以下「原告廣也」という。)をもうけた。

(二) 渡邉は、昭和三六年一二月一四日に俊子(昭和一六年二月生まれ)と結婚し、俊子との間に長男高志(昭和三八年一一月生まれ)、長女晶子(昭和四二年一一月生まれ)をもうけたが、平成三年七月に俊子と協議離婚し、平成六年四月一一日に原告多津子との間の子である原告綾野及び原告廣也を認知した(以下「本件認知」という。)。なお、渡邉は、建部光代(昭和三六年二月二五日生まれ。以下「建部」という。)との間にも、美月(昭和六二年六月一二日生まれ)及び一成(平成二年三月一六日生まれ)という二人の子をもうけており、平成七年四月一七日、いずれも認知している。

2  本件マンションの譲渡及び所有権移転登記(甲第一七号証、乙第五号証、第七号証の二ないし七、第八号証の一、二、第二二号証、原告多津子本人)

渡邉は、昭和六三年三月一四日、本件マンションを渡邉名義で購入し、以後、本件マンションに原告らを居住させ、原告らに対して生活費として月額一〇〇万円程度を渡していたが、その後、本件マンションにつき、原告らに対し、その共有持分三分の一ずつを譲渡する旨の合意をし(以下「本件譲渡合意」という。ただし、その時期及び趣旨については争いがある。)、本件譲渡合意に基づき、本件マンションにつき、東京法務局墨田出張所平成三年六月二八日受付第二五六八二号をもって、原告らに対する同月一八日贈与を原因とする所有権移転登記(原告らの共有持分は各三分の一ずつ。以下「本件登記」という。)が経由された。

3  本件各処分の経緯(甲第一ないし第三号証の各一ないし四、第四ないし第六号証、原告多津子本人)

本件各処分の経緯は、別表記載のとおりであり、その詳細は次のとおりである。

(一) 原告らは、それぞれ平成三年分の贈与税につき、いずれも、平成三年六月二八日に渡邉から譲渡を受けた本件マンションの各持分の課税価格三四八一万六五七七円、納付すべき税額一七八〇万五四〇〇円として、法定申告期限までに申告した(以下「本件各申告」という。)が、右課税価格は、本件マンションに係る敷地権の価額の三分の一である二三四三万七〇四四円と本件マンションに係る建物の価額の三分の一である一一三七万九五三三円の合計金額であり、納付すべき税額は、右課税価格から相続税法(平成四年法律第一六号による改正前のもの。以下「法」という。)二一条の五に規定する基礎控除六〇万円を控除した金額に、国税通則法(以下「通則法」という。)一一八条一項、法二一条の七を適用して算出した金額である。

(二) 原告らは、平成四年三月一三日、本件各申告に係る贈与税につき、原告多津子分については全額、原告綾野分については九三〇万五四〇〇円、原告廣也分については八八〇万五四〇〇円を納付し、原告綾野及び原告廣也分については、残額につき延納の手続をとっている。

(三) 原告らは、平成五年二月二六日、被告に対し、本件各申告につき、課税価格及び納付すべき税額をいずれも〇円とすべき旨の更正の請求をした(以下「本件各更正請求」という。)が、被告は、平成五年六月一六日、原告らに対し、いずれも更正すべき理由がないとして、通則法二三条四項に基づき本件各処分を行った。

4  本件各処分に対する不服申立ての経緯(甲第七ないし第一六号証)

本件各処分に対する不服申立ての経緯は、別表記載のとおりであり、原告らは、平成八年一月三一日、本件訴えを提起した。

二  争点

原告らは、原告らが本件マンションの持分各三分の一ずつを渡邉から取得したのは、原告多津子については、渡邉が建部との間に子をもうけていることが発覚したことによる渡邉との間の準婚関係解消に伴う財産分与及び慰謝料として、原告綾野及び原告廣也については、摘出子の地位を与えられなかったことについての慰謝料的要素も含む将来の養育費の一括前払いとしてであるから、法律上の義務の履行としてなされるものであり、贈与税の課税原因たる贈与に該当せず、仮に、養育費前払いとしての譲渡が贈与に該当するとしても、扶養義務者相互間において生活費又は教育費に充てるためにした贈与により取得した財産のうち通常必要と認められるもの(法二一条の三第一項二号。以下「本件非課税財産」という。)に該当するから、原告綾野及び原告廣也が譲り受けた本件マンションの各持分の価額は贈与税の課税価格に算入されるべきではないと主張するので、主たる争点は、原告綾野及び原告廣也の法定代理人でもある原告多津子と渡邉との間の本件譲渡合意が贈与契約であったのか、原告らが主張するような財産分与及び代物弁済合意あるいは本件非課税財産の贈与であったのかという点にあり、これを詳述すると次のとおりである。

1  原告らと渡邉との間の関係

(原告ら)

(一) 原告多津子が渡邉と知り合ったのは、渡邉が妻の俊子と完全な別居状態になった後であり、原告多津子は、俊子との離婚が遠からず成立するので、離婚成立後、原告多津子と正式に結婚するつもりである旨の発言を信じて、昭和五三年ころから渡邉との内縁関係を開始したが、渡邉は、右内縁関係が解消された平成二年一〇月まで、俊子のもとにはほとんど帰らず、原告多津子のところにほぼ毎日帰宅しており、両者の内縁関係は、原告多津子の両親にも認められ、その間、原告綾野及び原告廣也をもうけており、原告多津子と渡邉とは、準婚関係にあったというべきである。

(二) 渡邉は、建部との間に子をもうけ、これが原告多津子に発覚するところとなったために、それが原因となって、原告多津子と渡邉との準婚関係は、平成二年一〇月、解消のやむなきに至ったのであり、原告多津子は渡邉に対し、右準婚関係の解消に伴い、財産分与請求権及び慰謝料請求権を有するものというべきである。

(三) 原告綾野及び原告廣也は、渡邉の本件認知により、遡って、渡邉との間で法律上の親子関係を有するものとして扱われることになるのであるから、渡邉を扶養義務者とし、渡邉に対する養育料請求権を有するものというべきところ、前記(二)のような経緯で原告多津子と渡邉との準婚関係が解消された結果、原告綾野及び原告廣也にとっては、原告多津子と渡邉とが正式に婚姻することによって、摘出子としての地位を取得することができなくなったのであるから、渡邉が原告綾野及び原告廣也に支払うべき養育料の金額、あるいは、本件非課税財産としての金額の相当性を検討するに当たっては、原告綾野及び原告廣也が摘出子としての地位を取得することができなくなったことにより被った精神的損害に対する慰謝料的要素を含めて検討すべきものである。

(被告)

(一) 渡邉は、原告多津子と交際するようになった後も、俊子ら家族と同じ住所に住民登録を行い、昭和五四年五月に右住所地に自宅を新築した際にも、渡邉の荷物が運び込まれており、右自宅では、毎年、東京佐川急便の幹部を招いて新年会を催しており、俊子ら家族に毎月一〇〇万円の生活費を渡しており、渡邉が俊子に離婚の話を最初にしたのは、原告多津子と別れた後である平成三年七月になってからであるから、渡邉が原告多津子と交際中、渡邉と俊子との間の法律婚関係は決して形骸化しておらず、また、原告綾野及び原告廣也が認知されたのは平成六年四月になってからであり、渡邉は原告らの存在を隠そうとしており、原告多津子もそれを望んでいたのであって、渡邉と原告多津子との交際は対外的に公然化されてはいなかったものというべきであり、他方、渡邉は、原告多津子以外にも建部との間に二人の子をもうけ、多にはいわゆる愛人をつくっていたのであるから、原告多津子もまた、これらの愛人の一人にすぎなかったものというべきであって、原告多津子と渡邉との関係は、法律上保護に値する内縁関係とは認められないというべきである。

(二) したがって、原告多津子と渡邉との関係解消に伴って、原告多津子に渡邉に対する財産分与請求権や慰謝料請求権が発生しないことは明らかである。

(三) また、渡邉が原告綾野及び原告廣也を認知したのは、本件各処分後のことであり、本件各処分時点においては、渡邉と原告彩野及び原告廣也との間には法律上の親子関係は存在していなかったのであるから、渡邉は、原告綾野及び原告廣也に対する法律上の扶養義務者には該当しないものであった。

2  本件譲渡合意が、原告多津子に対する財産分与及び慰謝料請求権の代物弁済、原告綾野及び原告廣也に対する将来の養育料請求権を一括したものに対する代物弁済として譲渡する趣旨でなされたものか。

(原告ら)

(一) 本件マンションは、渡邉が、原告らの生活の場を確保するために購入したものであり、原告らの名義で購入する計画もあったが、税金関係の問題があったため、とりあえず渡邉名義にしたという経緯があるところ、平成二年一〇月末ころ、原告多津子と渡邉との準婚関係解消の際に、準婚関係解消後の原告らの生活に関し、渡邉が原告多津子に対し、「とりあえず本件マンションをあげるので、売るなり貸すなりしろ。」と発言し、原告多津子が了解して、原告多津子に対する財産分与及び慰謝料請求権の代物弁済、原告綾野及び原告廣也に対する将来の養育料請求権一括に対する代物弁済として譲渡する旨の合意が成立した。

(二) 本件登記においては、原因が贈与とされているが、これは、原告多津子が渡邉に対して、本件マンションの登記済証、原告多津子の実印、印鑑登録証明書等を預けて、本件登記手続をすべて任せていたところ、渡邉において、原告多津子の実印等を用いて、贈与を内容とする登記原因証書を、原告多津子の了解なく作成し、それに基づいて本件登記手続を行ったことによるものであり、渡邉と原告多津子との間に、被告主張のような本件マンションに係る贈与の合意は存在していない。

(三) 原告多津子において、本件各申告をしたのは、税務署から呼び出しを受け、税務署の職員から、内縁関係であれば贈与に当たるといわれ、贈与税の申告をするよう指示されたためであり、また、その贈与税を納付したのは、延滞税を回避するためであり、渡邉と原告多津子との間に、被告主張のような本件マンションに係る贈与の合意が存在していたからではない。

(四) 親の未成熟な子に対する扶養義務は、子に親に同一程度の生活を維持させるべき義務であるところ、渡邉は、原告多津子と準婚関係に入った昭和五二年からそれを解消した平成二年までの間、東京佐川急便等から役員報酬として二八億九二二〇万円、株式配当金として一億五八一五万円もの収入があり、原告多津子との準婚関係を解消するまで、原告らに対して、生活費として月一〇〇万円を渡しており、原告多津子との準婚関係解消当時、本件マンション以外にも東京都板橋区内、同世田谷区内に高額な不動産を所有していたのであるから、原告綾野及び原告廣也に対し、それぞれ成年に達するまで各月額一七万円の養育料を支払うべきものというべきところ、その場合の養育料支払総額は、原告綾野に対し二四四八万円、原告廣也に対し二六五二万円となるのであるから、これに、前記1の原告らの主張(三)記載の慰謝料的要素を加味すれば、本件マンションの持分三分の一の価値約三四八一万円は、原告綾野及び原告廣也に対する養育料の前払として、不相当に高額であるとはいえない。

(被告)

(一) 渡邉は、平成三年四月ころには、東京佐川急便の倒産やこれに伴う自己の役員解任、損害賠償等の責任追及のおそれを感じるようになり、自己が東京佐川急便の代表取締役としての損害賠償責任を問われるような場合に備え、購入当初から原告らの名義にするつもりであったものの、税金負担の関係で渡邉名義のままとしていた本件マンションを原告らに贈与し、原告らの名義に移転することを考え、それに必要な固定資産物件証明書及び評価証明書を同年四月三日に取得したが、直ちにこれを実行に移すことなく、東京佐川急便の倒産等の危機乗り切りのための必死の努力を続けたものの、同年六月一六日に万策尽きたことが確認されるに至ったため、同月一八日付けで所有権譲渡契約書を作成し、同日贈与を原因として本件登記を経由したのであって、本件マンションについては、差押等の対象になる事態を避けるとともに、この機会に当初の購入目的に沿って原告らに生活の場を保証する趣旨で、同日に至り、渡邉から原告らに対して、確定的に贈与されたものであることは明らかである。

(二) 原告多津子は、渡邉に対して財産分与の請求や、同人との間で財産分与の協議を行っておらず、本件登記においても、原因は贈与とされており、また、原告ら自ら贈与であるとして本件核申告を行い、本件各申告の一〇日後には、原告多津子の贈与税の全額、原告綾野及び原告廣也の各贈与税のうち、延納の手続をした分以外の分について納付している。

3  原告綾野及び原告廣也が譲渡を受けた本件マンションの各持分が本件非課税財産に該当するか否か。

(原告ら)

仮に、本件譲渡合意が本件マンションの各持分を贈与として譲渡する趣旨でなされたものとしても、法二一条の三第一項二号に規定する「扶養義務者相互間において生活費又は教育費に充てるためにした贈与」には、扶養義務者から扶養権利者に対する贈与も含まれると解すべきところ、渡邉は扶養義務者、原告綾野及び原告廣也は扶養権利者であるから、原告綾野及び原告廣也が譲渡を受けた本件マンションの各持分は、「扶養義務者相互間において生活費又は教育費に充てるためにした贈与」により取得した財産に該当し、「通常必要と認められる」範囲において、非課税財産と扱われるべきところ、前記二の原告らの主張(四)記載のとおり、原告綾野及び原告廣也が譲渡を受けた本件マンションの各持分は「通常必要と認められる」範囲内のものというべきである。

(被告)

(一) 渡邉と原告綾野及び原告廣也とは、本件マンションの各持分譲渡の時点及び本件各処分の時点において、扶養義務者には該当せず、税法上、納税者の確定申告により確定した租税債権が民法上の遡及効により直ちに影響を受けるものとはされておらず、渡邉の本件認知によって、両者が法二一条の三第一項二号の規定にいう「扶養義務者相互間」に該当することになるわけではない。

(二) また、「生活費又は教育費に充てるためにした贈与により取得した財産のうち通常必要と認められるもの」とは、生活費又は教育費に充てることを直接の目的として、必要な都度贈与されたものであって、実際にも生活費又は教育費に直接充てられるものでなければならないと解されるところ、不動産である本件マンション自体は、直接生活費又は教育費に充てられるものではなく、生活費又は教育費に充てるためには換価処分が必要であるにもかかわらず、一括して贈与され、その後も原告らの共有のままであるのであるから、本件譲渡合意は、「生活費又は教育費に充てるためにした贈与」ということはできない。

(三) さらに、原告らは、渡邉から得てきた金銭をもって、平成二年一〇月の時点で一億円地殻の預貯金等の蓄財があり、また、本件マンション以外にも賃貸の用に供しているマンションを所有しているなど、渡邉との関係解消の後に生活に困るという状況ではなかったのであり、このような原告らの資産状況、生活状況等に照らせば、本件マンションの各持分は、「通常必要と認められるもの」に該当するということはできない。

三  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

第三争点に対する判断

一  本件譲渡合意のなされた時期及びその趣旨について

1  まず、本件譲渡合意が、前記原告らの主張のような、原告多津子に対する財産分与及び慰謝料請求権の代物弁済、原告綾野及び原告廣也の将来の教育料請求権一括の代物弁済という趣旨でなされたものであるかどうかにつき検討する。

(一) この点につき、原告多津子は、本件における本人尋問において、平成二年一〇月末ころ、原告多津子と渡邉との準婚関係解消の際に、渡邉が原告多津子に対し、本件マンションについて、売るなり貸すなりして、準婚関係解消後の原告らの生活費や教育費に充ててもらいたい旨発言し、原告多津子が了解して、渡邉に対し、本件マンションの登記済証を渡し、所有権移転登記手続を一任していたところ、その後、渡邉からの指示により、本件登記に必要な書類を渡邉に交付したが、準婚関係解消による精神的ショックが大きかったことから、渡邉に対する必要書類の交付時期が遅れてしまったため、本件登記の時期が遅れた旨供述し、原告多津子の別件(東京地方裁判所平成四年(ワ)第一三六九三号詐害行為取消請求事件)における被告本人尋問調書である乙第八号証の一、二、原告多津子作成の陳述書である項第二一号証、第二八号証にも右に沿う記載部分が存在する。

(二) 他方、証拠(甲第一七号証、第二一号証、第二七、第二八号証、乙第一ないし第五号証、第七号証の二ないし七、第八号証の一、二、原告多津子本人)によれば、次の事実が認められる。

(1) 渡邉は、原告らの生活の場として確保する目的で本件マンションを購入したが、その所有名義について、当初は、原告らの名義とするつもりであったところ、税理士からそのようにすると高額な贈与税が課税されるとの指摘を受けたため、原告らへの名義移転の方策については、後に検討することとして、とりあえず、渡邉名義で所有権保存登記を経由した。このことは原告多津子も知っており、本件マンションについては、当初から、渡邉が原告らのために買ってくれたものという認識を持っていた。

(2) 渡邉は、平成三年七月に解任されるまで、東京佐川急便の代表取締役の地位にあったが、東京佐川急便は、同年一月以降、多額の保証債務の履行をしなければならない状態となり、資金繰りに変調を来すようになり、渡邉個人についても、手元に資金がない状態となった上に、同年五月末には、東京佐川急便が暴力団関係企業に多額の貸付をしている旨の新聞報道がなされたことから、金融機関の東京佐川急便に対する融資も完全に行われなくなり、同年六月には、佐川急便グループの中核会社である佐川急便株式会社や金融機関に対して支援を要請したものの、いずれも実現せず、同月一六日の東京佐川急便の対策会議において、再建のための資金繰りがつかず万策が尽きたことが確認された。

(3) 原告多津子は、本件譲渡合意に基づく本件マンションについての移転登記手続については、渡邉に、必要書類及び原告らの実印を預けて、一任していたが、渡邉は、本件マンションの所有名義の変更方法につき税理士に相談した上、贈与という形式によることとし、平成三年六月一八日付けで、渡邉が原告らに対して本件マンションを無償で譲渡(原告らの持分は各三分の一ずつ)する旨記載され、譲渡及び原告ら以外に、「保証人」として前田守の署名押印がなされている「所有権譲渡契約書」(乙第一号証。以下「本件契約書」という。)を作成し、同月二八日、原告多津子から預かった書類及び原告らの実印を用いて、同日贈与を原因として本件登記を経由した。なお、本件登記手続において、登記申請書に添付された書類は、次のとおりであり、本件契約書は本件登記手続においては用いられていない。

〈1〉 登記申請委任状(平成三年六月二〇日付け)

〈2〉 渡邉の印鑑登録証明書(平成三年六月二〇日付け」

〈3〉 原告らの住民票写し(平成三年五月三一日付け)

〈4〉 本件マンションに係る固定資産物件証明書(平成三年四月三日付け)

〈5〉 本件マンションに係る固定資産評価証明書(平成三年四月三日付け)

〈6〉 本件マンションの登記済証

(三) 前記(一)掲記の原告多津子の供述及び陳述書の記載によれば、原告多津子が渡邉との準婚関係を解消するに当たり、前記(一)に記載した程度のやりとり以外に、財産分与や慰謝料、養育料の額等について、原告多津子から渡邉に対する具体的要求が出されたり、あるいは、両者の間で、具体的な話合いがされたことはない。また、原告多津子は、渡邉との準婚関係の解消に当たり、他に愛人を作って自分を裏切った渡邉に対する極めて強い不信感を抱き、月額一〇〇万円程度の生活費を受領していた渡邉との準婚関係を解消しようとまで考え、それを実行したと供述し、本件においても、渡邉に対する慰謝料請求権の存在を強調しているが、そうだとすれば、前記(二)(1)に記載したとおり、渡邉が本件マンションを取得した当初から、本件マンションは渡邉が原告らの名義としようとしていたこと、すなわち、原告らに贈与する意思であることを知っており、そのようなものとして渡邉が購入したとの認識を持っていた原告多津子にとっては、渡邉との準婚関係解消に当たり、本件マンションを原告らの名義とすることは、いわば、本件マンション購入当時の予定を実行するものにすぎず、それに荷物をも付加するものでもないことになるのであるから、原告多津子が、予定された本件マンションの贈与のみをもって、渡邉の背信の結果生じた財産分与、慰謝料及び将来の養育費の負担に充てることに納得するということは不自然である。さらに、前記のとおり、本件マンションの所有権移転登記手続は、原告多津子が渡邉との間で本件譲渡合意をしたとする平成二年一〇月から本件登記がなされた平成三年六月二八日まで、約八か月間も放置されていたところ、原告多津子は、この点につき、渡邉との関係解消に伴う精神的ショックのため、渡邉に移転登記手続に必要な書類を渡すのが遅れたためである旨供述しているが、右の原告多津子が理由として挙げる点は、原告らの主張を前提とすれば、渡邉と原告多津子との関係解消後、将来にわたっての原告らの生活及び教育に充てられるための通常必要と認められる財産であるというべき本件マンションの各持分の移転登記手続を、原告多津子を裏切った渡邉に一任した上に、約八か月間も放置しておくことについての説得力のある理由とは到底いい得ないものである。

(四) 以上の事実によれば、本件譲渡合意は、本件マンション購入時から予定されていた贈与を、東京佐川急便の破局及び原告多津子と渡邉との内縁関係の破綻を契機として、確定的な合意としたものであり、その際の渡邉の「とりあえず本件マンションをあげるので、売るなり貸すなりしろ。」との発言も、本件マンションの処分権が原告らにあることを確認するものにすぎず、また、前記(二)(2)、(3)の事実に照らせば、渡邉は、遅くとも平成三年四月ころから、本件マンションの登記名義を原告らに移転するための準備を進めていたことが窺われるが、原告多津子から本件登記手続を一任されている状態のもとで、自己が代表取締役をつとめている東京佐川急便の再建が絶望的となった直後に、税理士とも相談の上、本件契約書を作成し、本件契約書と同日付の贈与を原因として本件登記手続を行ったことをも考慮すれば、本件契約書及び本件登記に示されている平成三年六月一八日をもって、確定的に原告らに対する本件マンションの各持分を贈与する旨の本件譲渡合意がされたものというべきである。

(五) 以上のとおり、本件譲渡合意が、平成二年一〇月に、原告多津子に対する財産分与及び慰謝料請求権の代物弁済、原告綾野及び原告廣也に対する将来の養育料請求権一括に対する代物弁済として譲渡する趣旨でなされたものとの原告らの主張に沿う前記原告多津子の供述は採用することができず、他に、右原告らの主張を認めるに足りる証拠はない。したがって、渡邉と原告多津子との関係が準婚関係であったか否かにつき検討するまでもなく、右原告らの主張は採用できず、本件譲渡合意は、前記(四)記載のとおり、平成三年六月一八日に、渡邉から原告らに対する贈与としてされたものと認めるのが相当である。

2  次に、原告綾野及び原告廣也が譲渡を受けた本件マンションの各持分が本件非課税財産に該当するか否かにつき検討するに、前記のとおり、原告多津子の供述及び陳述書の記載からは、原告多津子が渡邉との準婚関係を解消するに当たり、渡邉が原告多津子に対し、本件マンションを売るなり貸すなりして、準婚関係解消後の原告らの生活費や教育費に充ててもらいたい旨発言したとするほかは、特に、養育料の額等についての原告多津子から渡邉に対する具体的要求が出されたり、あるいは、両者の間で、具体的に話合いがされたことはないとされているところ、本件譲渡合意の趣旨に関する右渡邉の発言が前記1(四)で認定した確定的所有権移転を意味するものに外ならないことは既に説示したところであるから、右事実関係を前提としても、本件譲渡合意をもって、「生活費又は教育費に充てるためにした贈与」に該当するものとは認め得ないものというべきであって、本件譲渡合意に至る経過、時期について既に説示したところに照らしても、原告らの主張を認めるには到底足りないというべきである。

二  本件各処分の適法性

以上によれば、原告らの平成三年分の贈与税の課税価格及び納付すべき税額は、それぞれ、原告らによる本件各申告に係る課税価格及び納付すべき税額(その計算は、前記第二、一3(一)記載のとおり。)と一致するのであるから、本件各更正請求に対し、いずれも通則法二三条四項に基づき、被告がした本件各処分は、いずれも適法である。

第四結論

以上の次第で、原告らの本訴請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 富越和厚 裁判官 團藤丈士 裁判官 水谷里枝子)

物件目録

(一棟の建物の表示)

所在 東京都江東区南砂五丁目六一八番地一

建物の番号 スカイシティ南砂

構造 鉄骨鉄筋コンクリート造陸屋根地下一階付二八階建

床面積 一階 六四〇・六六平方メートル

二階 一五九四・六六平方メートル

三ないし一九階 一一〇三・六四平方メートル

二〇階 一一〇四・八七平方メートル

二一階 一一〇九・六二平方メートル

二二階 一〇八四・三三平方メートル

二三階 一一一一・六三平方メートル

二四階 一〇七六・〇〇平方メートル

二五階 一一一一・六三平方メートル

二六階 一〇七六・〇〇平方メートル

二七階 一一一七・五五平方メートル

二八階 一一〇二・四四平方メートル

地下一階 八八二・一九平方メートル

(専有部分の建物の表示)

家屋番号 南砂五丁目六一八番一の二七〇七

建物の番号 二七〇七

種類 居宅

構造 鉄骨鉄筋コンクリート造二階建

床面積 二七階部分 一〇四・九五平方メートル

二八階部分 九七・二六平方メートル

(付属建物の表示)

種類 物置

構造 鉄骨鉄筋コンクリート造一階建

床面積 二七階部分 五・三〇平方メートル

(敷地権の目的たる土地の表示)

所在及び地番 東京都江東区南砂五丁目六一八番一

地目 宅地

地積 一一九四一・七九平方メートル

(敷地権の表示)

一 主たる建物の敷地権

敷地権の種類 所有権

敷地権の割合 一〇〇〇〇〇分の八九一

二 付属建物の敷地権

敷地権の種類 所有権

敷地権の割合 一〇〇〇〇〇分の二五

以上

別表

〈省略〉

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